辛亥革命から110年
■背景:辛亥革命(1911-1912)とは?:民主主義運動⇒中国で300年近く続いた清王朝が滅亡。辛亥とは年代の名称。※日本は明治時代末期
■背景:清が幹線鉄道国有化政策を宣言。⇒国有化した民間鉄道を担保に、外国からの借金を企図(きと)。⇔四川暴動:国家の主権を脅かすと市民が鉄道国有令に反発。
武昌蜂起(ぶしょうほうき):1911年10月に起こった新軍内の薄命は軍隊による、反清朝の武装蜂起。四川暴動を鎮圧するために、政府は武漢駐屯軍に出動命令を出したが、武漢軍の中核をなす新軍には、革命支持派が多く、独立を宣言。各地で反清朝の流れが広がり、革命運動が活発化。
※武昌(ぶしょう・中国湖北省の都市)/蜂起(ほうき・大勢が一斉に暴動、反乱を起こすこと)
⇒独立した各省の代表が集まって中華民国建国。臨時大総統:孫文。首都:
南京。
■孫文:辛亥革命指導者。中国、台湾の双方で尊敬されている。
■中華民国(孫文)VS清(袁世凱:えんせいがい)
⇒清の袁世凱が、孫文を取引により清を滅ぼす。その代わり、自分を国のリーダーにと交渉し、孫文が承諾する。清の滅亡。
袁世凱(1859-1916):清・中華民国初期の軍閥政治家。
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■新生、中華民国
袁世凱が、臨時大総統に就任(1912)。
首都を南京から北京へ。。
政策:民主的な政策をすすめず、独裁政治を進める。
■国民党の結成(袁世凱の独裁色に反対・対抗する政党、民主主義):中国同盟会が中心
⇒袁世凱(独裁政治)VS国民党の対立。
■第二革命(1913年)武力衝突。
独裁 VS 国民党⇒袁世凱が勝ち、国民党が解散処分。独裁色を合法化。
皇帝国家を目指す。⇒革命派と対立。
■第三革命(1915年)
袁世凱 VS ◎国内革命派、反皇帝派、欧米、日本も支持。
⇒国内が混乱。袁世凱が皇帝政治の取り消しを宣言。
袁世凱失脚、病死。
■軍閥(軍部)の出現⇒政権を獲ろうとした動き。
⇒軍事政治の始まり。
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■習近平氏は、110年ぶりの『台湾統一の実現』を目指す。平和的な統一を目指す。
台湾問題は中国の内政であり、いかなる外部からの干渉も許さない⇒米国の介入をけん制
■方針:『一国二制度』の政策、平和的再統一。(軍事力の行使も辞さない考え)台湾の独立志向に反対。
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■台湾の蔡英文(さい・えいぶん)総統は、『どんな手段を講じてでも、自由と民主的な生活様式を守る』と宣言。懸念:香港の状況に中国は約束を守っていないこと、一国二制度が実行不可能であることを指摘。話し合いではなく、武力行使を放棄しない中国政府の姿勢に反対。
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参照:
http://news.yahoo.co.jp/articles/7329cf51b1fa109e44c2ecdef6f5337e5e927889
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20211009/k10013300171000.html
https://www.youtube.com/watch?v=qOono_3THZU
https://nihonsi-jiten.com/singai-kakumei/
https://www.y-history.net/appendix/wh1403-089.html
武装蜂起(ぶそうほうき):支配勢力にたいして、被支配者が武装して反対勢力を開始すること。