南北戦争1861ー1865
■南北戦争とは?American Civil War(1861-1865) 日本は江戸時代末期。
1861年にアメリカ国内で唯一起きた北部と南部の内戦。
エイブラハム・リンカーン16第大統領。黒人奴隷解放を支持。
■北部州:工業化による保護貿易による国内生産を優先。国内労働者を欲していた。黒人奴隷の開放を目指す。イギリスは産業においてライバル国であり、イギリス資本、製品の排斥を主張。連邦主義(連邦政府は週よりも権限が強い考え方)。
■南部州:黒人奴隷を雇って綿花やタバコを栽培をし、その(イギリスへ)輸出に依存した経済をであり、関税や禁輸制限なしの自由貿易制度を支持。(コットンベルト)
反連邦主義。(各州の独立性を維持し、連邦政府の権限か小さくするべきという考え方)南部は危機感を募らせ、7州が合衆国を脱却し、ジェファソン・デヴィスを大統領とする『アメリカ連合国』の樹立を宣言。
■Fort Sumter National Monument南部の軍が『サムター要塞(ようさい)』を砲撃することで南北戦争が始まる。
■小銃の技術革新が進んだこともあり、死者数約62万人(アメリカ最大の戦死者数)。北部諸州の勝利。死体は放置され埋葬することすらなく、チフス菌の伝染病を発生。
■南北の原因は?
経済格差が存在した。
北部は、製造業中心で、農業は小規模に限定されて営業。⇒機械化工業により経済が急成長。
南部は、労働力を奴隷に依存して、綿花やタバコのプランテーションを基盤としていた。⇒奴隷制度を良しとしない風潮が強まり、南部経済の奴隷制度を存続できない懸念が高まった。
■結果
北部の勝利により工業化が進む。中央政権的な国家としてまとまりを見せ、内戦は起きていない。1865年、憲法の修正が成立し、奴隷制度が禁止。リンカーンの演説『人民の、人民による、人民のための政治』
■南北戦争後のアメリカ
新興宗教の派生:犠牲者を多く出し、キリスト教国家だったアメリカは人の死を考えれるようになり、キリスト教をベースとした多様な新興宗教を生む出す独特な文化が生まれた。
南部白人層
クー=クラックス=クラン(KKK)白人至上主義団体。白人プロテスタントの優越を主張して黒人を迫害した。南部白人による黒人の政治参加阻止(黒人諸法)
黒人差別:奴隷は開放されたが差別は残る。
400万人近い開放された奴隷は土地の所有をみとめられず、小作農になるか農業労働者になるしかない。(シェアくロッパー制度)
⇒最終的に黒人差別が開放されたのは、公民権法が制定された1964年、ジョンソン政権。
***************************
■保護貿易と自由貿易
保護貿易:外国との貿易に国が介入し、自国の産業を保護、育成すること。
保護の方法:関税、輸入数量制限、非関税障壁(輸入する際の手続きや検査を厳しくする)
自由貿易:外国との貿易に制限を設けることなく自由に貿易をすること。
■連邦主義:合衆国憲法に賛成、通商を重視、産業保護推進、親英的外交。=今の共和党
反連邦主義:合衆国憲法に反対、農民、商工業者を基盤。=今の民主党
背景⇒アメリカ13植民地が独立を果たしたが、まとまりをつくり国を運営する方針が必要であった。それを話し合い決めたのが、アメリカの連合規約(成分憲法)である。13の植民地は州と呼ばれ、政府は見守るような権限であった。
⇒まとまりが生まれず、新たな憲法を作ろうという動き。1787年アメリカ合衆国憲法が成立。
政府に徴税権、通商規制権、政府に三権分立(立法、司法、行政)を行使できる統率期間となる。
参照;
https://honcierge.jp/articles/shelf_story/5431
https://gentosha-go.com/articles/-/10313
https://world-note.com/american-civil-war/
https://style.nikkei.com/article/DGXMZO34408730R20C18A8000000/
https://style.nikkei.com/article/DGXMZO34408730R20C18A8000000/?page=2
https://www.try-it.jp/chapters-11715/lessons-11726/
https://www.worldhistoryeye.jp/42.html
https://www.greelane.com/ja/%E6%96%87%E7%B3%BB/%E5%95%8F%E9%A1%8C/anti-federalists-4129289